世界だすけのようぼくとして

私のお道の信仰は、1997年4月に天理高校に入学し、柔道部の入部から始まりました。私が天理高校の進学を決めた一番の理由が、中学時代の柔道部の恩師である黒徳治先生が天理教髙邁分教会の信者であり、天理高校・天理大学の柔道部の出身でありました。その尊敬する黒先生のようになりたいという思いから、天理高校の進学を決めました。また、黒先生が繋がる教会から私自身もお世話になりたいと、天理教髙邁分教会に所属しました。私の信仰の始まりは、恩師が天理高校柔道部出身者で、恩師のように天理高校柔道部で頑張りたいという単純な動機から始まりました。
天理高校に進学後は、親元を離れて柔道部寮での寮生活が始まりました。慣れない寮生活を一生懸命送っていたのを、今も脳裏に鮮明に覚えています。その頃の私は、自身の将来については明確なイメージもなく、教員か柔道整復師を目指すか軽く考えていました。柔道部の休みは、一年間で数日しかなく貴重なものでした。その休日を利用して、久々に実家に帰省した冬の雪が吹雪く日に、父親が一人で土木工事の現場で作業をするのを目の当たりにして、衝撃を受けたのを今も記憶しています。父親は、細々と土木建設会社を母親と二人で営んでおり、子供の為に一人で黙々と作業する姿を見て、私の将来が決まりました。「大学は工学部に進学をして専門知識を学び、将来父親と一緒に働きたい」という思いから、金沢工業大学に進学して父親の会社の後を継ぎ、今日に至ります。

私は天理高校を卒業してからは、教会からは足が遠のいていましたが、再び教会に足を運ぶ出来事が起きました。私は、社会人になってからも働きながら時間を作って、近くの中学校で、地域の小学生や中学生に柔道教室を開き、指導をしていました。柔道の指導を行い何年か経った時に、私は実家の裏にある使用していない百数十坪の土地に目をつけ、母親に「空いている土地に柔道場を建てていいか?」と聞いたところ、母親は「そんな大きな柔道場は建てないだろう」と思い快諾してくれました。しかし、私は大学で建築を専門に学んで、自身の仕事は土木建設会社ということから、普通では考えられないスピードで道場建設がスタートしました。

柔道場建設の計画が2009年8月に始まり、2009年11月に完成するという驚異のスピードでした。改めて今柔道場を建設した頃を思い返すと、道場建設するお金も無く、また家業の建設会社においても仕事も無く、よくあのような無謀でお金にもならない柔道場建設を行ったなと思います。柔道場建設には、天理高校の同級生である西宮大教会所属の谷道陽氏が、実家に2ヶ月の間も住み込みで手伝ってくれていました。柔道場建設工事が順調に進むある日に、私は彼に柔道場建を決意した思いを話していました。「私は健常者も障がい者も、柔道がやりたい人が集まり柔道が出来る道場を建てたい。そこには神様をお祀りして、子供たちに神様についても身近に感じてもらえる道場を開きたい」と話をしました。
道場に神様をお祀りするにはどのようにしたらいいかと考えている時に、自宅のポストの中に入れられていた「こころの散歩道」を手にしました。こころの散歩道には天理教髙邁分教会と書かれており、それを見た谷道陽氏は、天理教髙邁分教会の神崎会長に一度相談したらどうかとアドバイスをしてくれました。そして久しぶりに教会に足を運ぶことにしました。谷道陽氏と2人で教会に足を運んだ時、神崎会長は不在でしたので、もう一度出直してから、分教会の神殿で今回の道場建築の思いを話しました。神崎会長は大変喜んでくださり、2009年11月15日の大和柔心舘の道場開きに向けて話し合いが始まりました。
道場開きの話し合いが始まると、すぐに私の考えに賛同してくださった中河大教会所属の木寅三郎氏が話し合いに加わり、神崎会長を含め谷道陽氏と4人で、日夜道場開きについて話し合いを重ねていきました。この4人が中心となり6年後に始まる天理教髙邁分教会の悲願でもある教会普請に繋がっていくことは、この時は誰一人として知る由もありませんでした。

日々の打ち合わせの中で、私は一つ神崎会長に無理なお願いをしました。それは、道場に「火水風」の額を掲げて、練習の際に子供たちに拝礼させ、「かりもの・かしもの」について学んで欲しいという思いから、前大教会長様に「火水風」を書いていただけないかと相談をしました。その頃は、怖いもの知らずの無礼なお願いをよく出来たものだと今更ですが思います。神崎会長から後日教えていただきましたが、前大教会長様は快くお願いを聞いてくださり、たった一回で雄大な「火水風」の書をお書きになられたと教えていただきました。
道場も完成が近づき、畳も無事に入り、道場開き前日の11月14日にお社の準備も整いました。その日の日没を待ち、午後7時から大和柔心舘に初めて神様をお迎えする鎮座祭を行いました。12年前の出来事ですが、とても厳かで感動をしたことを今も覚えています。この鎮座祭を機に、天理高校で柔道を学びたいが為の信仰から、真剣に神様に心を向けて信仰すると心定めをさせていただきました。

11月15日の道場開き当日は、ご近所の方を含め、柔道関係者などの多数の方々に式典にご出席いただき、木寅三郎氏が所属する中河大教会の有志の方達による雅楽の演奏から式典が始まり、式次第に従い式が後半に差し掛かった時に、司会を務めてくれていた谷道陽氏が感極まり号泣し、会場全体が感動の嵐に包まれました。その理由は、谷道陽氏は道場開きの数日前の雨降りの早朝に、西名阪高速道路で自身が運転する車両がスリップし、壁に激突して車両が大破する事故を起こすという、大きな節を見せられました。神様の御守護を受け、幸いにも後続車に追突されたりすることもなく、谷道陽氏も大きな怪我もありませんでした。私自身も、谷道陽氏に何かあれば道場開きも出来ないと覚悟を決めていたこともあり、車は大破したものの谷氏は無事で「神様はいてはるな。これからはしっかり心を定めてこの信仰をさせてもらわなあかんな」と思ったのを、今も鮮明に覚えています。私にとっても大きな節を道場開き前に見せていただき、無事にこの日を迎えられた事が感動の道場開きになりました。
道場開き以降の私は、足が遠のいていた教会にも足を運ぶようになり、大和柔心舘の月々の講社祭を勤めさせていただいております。

1 2 3 4 5 6
Share Please!!
  • URLをコピーしました!