歳のせいかテレビドラマを見ても、着眼点が昔と変わってきている気がします。ストーリー以上に出演者の発する言葉に強く惹かれたりするのです。
例えば、今の朝ドラ「虎に翼」の中で、主人公の母親程の年齢の同期生、平岩紙さんが演じる大庭梅子に向かって、同じく同級生のイケメン花岡が、大変失礼な言動をしてしまったと謝罪し、自分はこんなつまらない人間だと自虐的に語るシーン。
彼女は花岡に対し
「人は持っている顔は一つじゃない。それが本性でなくても全部自分なんです」
と言う。
「私は自分を守ろうと弁解ばかりして」
と尚も自分を卑下しようとする彼に
「自分が可愛いのは当たり前。本当の自分があるなら大切にしてそこに近づくよう頑張ってね。歳を取ると本当の自分みたいなもの忘れてしまうから」
と優しく諭す梅子。
そう言う言葉が胸に響いたりするのは、それが作者の人生の中で絞り出された真実の声であり、同時に視聴者もそれぞれの人生において、似たようなほろ苦い経験なり苦悩なりがあり、記憶が呼び戻されたりもするからなのでしょう。
ひと昔前、人生に行き詰まったり疑問を感じたりした若者の間で、自分探しの旅なんてものが流行ったことがありました。旅に出れば『本当の自分』なるものが、必ず見つかるというわけではないでしょう。
が、旅先で違った文化を目にして、自分たちの文化や生い立ちを振り返ることで自分らしさを再認識することが出来たり、或は異なった生き方に出会って生きるヒントを得、前向きになれたということはあるでしょう。それは自分を見つけたと言うより、【新たなあるべき自分像】が出来たということかも知れません。
諭達第四号に「心の向きを変える」という文言がありますが、これも同じ意味合いなのでしょう。

このコラムは、毎月発行の天理教宮和分教会月報「宮和だより」からの抜粋です。
掲載文:2024年6月1日発行「宮和だより」から
執筆者:二宮哲英
